□専政政治、独裁政治を否定する人類の進歩・民主政治の発展に逆行する政教一致体質

 

この「政治と宗教を混同している」悪弊・弊害は、創価学会・公明党の政教一致体質が骨の髄まで染みこんでしまっている創価学会員や元創価学会員のみならず、法華講員・元法華講員や顕正会員・元顕正会員にも共通している悪弊・弊害である。今さら言うまでもないことだが、政治とは統治制度・統治政策・利害の調整であり、宗教とは信仰・儀礼・教義であり、心の問題である。政教一致体質の創価学会員は、ありとあらゆる問題を何が何でも公明党の政策支援に結びつけようとして、ありとあらゆる論法でこじつけて、政治と宗教がさも同一次元のことのように論じようとする。

そもそも政教一致ないしは政治と宗教の混同は、政治と宗教を分離させて民主主義体制を進歩させてきた長い人類の歴史の歩みに逆行する。ここでは政教分離の歴史の詳細については省略したいと思うが、一例を挙げるならば、政教一致の思想が王権神授説を生み出し、これが絶対王政、専政君主政治の根拠とされた。絶対王政や専政政治、独裁政治を否定する民主政治の発展は、政教分離の歩みと同じ歩調で歩んでいった。したがって、政教一致ないしは政治と宗教の混同は、人類の歴史を逆行せしめ、民主政治と対立し民主政治を阻害するものと言えよう。

こう言うと、「確かに創価学会員だったときは、政治と宗教を混同していたが、それはあくまでも創価学会員だったころのことだ。創価学会を脱会した後は、そうではない」と言うであろう。しかし創価学会を脱会した後も、政教一致体質を延々と引きずっている人は多数見受けられる。例えば創価学会を脱会して法華講に入った信者の中に、こんな人がたくさんいる。

「今度、選挙がありますが、法華講では何党に投票したらいいのですか」

思わず吹き出してしまうような話しである。その日蓮正宗の法華講連合会は、199012月の「宗創戦争」開戦以前には、法華講連合会として公明党支持を表明していた団体である。「宗創戦争」以降に法華講に入った人は、びっくりするだろうが、これは本当の話である。法華講連合会機関紙「大白法」にも、公明党支持を表明する公告が掲載されている。

その法華講連合会は、「宗創戦争」以降は「法華講連合会は公明党を支持しない」と表明している。親元の日蓮正宗が公明党の母体である創価学会とケンカしたため、法華講連合会は公明党支持を撤回した、というわけである。しかしながら、創価学会を脱会して法華講に入った信者が言うように、創価学会を脱会した後は本当に政教一致ではないと言うのなら、「宗創戦争」が起ころうがどうなろうが、法華講は公明党支持を継続していけばいいではないかと、“意地悪な言い方”もできよう()。「宗創戦争」が起こったので、公明党支持を撤回した法華講もまた、創価学会と全く同じ「政教一致体質」の団体であると言うことができよう。これに付随して一言すれば、「アンチ日蓮正宗」は、「宗創戦争」が起ころうが何が起ころうが、最初から公明党は支持しておらず、創価学会・公明党のみならず、日蓮正宗にも法華講にも顕正会にも正信会にも反対の立場である。

 

 

 

 

□政治権力におもねって1990年代の創価学会批判を頓挫させた法華講員や元創価学会員

 

政教一致体質について、もうひとつ言っておかねばならないことがある。それは197080年代に創価学会を脱会して正信会に入った人、1990年代に創価学会を脱会して法華講に入った人たちは、どちらも創価学会批判を行っていくに当たって、国会議員などの政治権力におもねって創価学会批判を行うという戦術をとった。すなわち正信会は「創価学会の社会的不正を糾す会」をつくり、法華講は「創価学会による被害者の会」をつくり、どちらも主に自民党議員に取り入って、自民党議員や社会党議員に反創価学会を煽り立て、国会で創価学会問題を取り上げてもらうように働きかけた。特に1995年の宗教法人法改正問題を期にして池田大作の国会招致を実現しようとして働きかけたが、池田大作国会招致は実現せず、秋谷栄之助会長招致で終わった。しかしその後も法華講員たちは、評論家・ジャーナリスト中心の「四月会」と共同歩調をとり、相変わらず自民党議員などの政治権力におもねって、創価学会批判をたきつける戦術をとりつづけていた。

しかしこれが1999年の自民党と公明党が連立を組む「自公連立」で頓挫する。さらに2001年に「自民党をぶっ壊す」と標榜する小泉内閣が登場。自民党の最大支援基盤だった「郵政」を民営化し、自民党の最大支持基盤を文字通り「ぶっ壊した」。これによって自民党の創価学会・公明党依存体質が、前にも増して強まり、「自民党の最大支持団体は創価学会だ」と言われるまでになった。ここに法華講員が主導した自民党議員におもねって創価学会批判を行う戦術・路線は完全に破綻し頓挫してしまったのである。

では1990年代の創価学会批判を頓挫させた責任は自民党にあるのか、ということになるが、自民党だけに責任があるかのような言い方は間違いであると思われる。なぜなら自民党とは「政党」であり、宗教団体でもなければ、創価学会批判専門の団体でもないからである。自民党は2009年の総選挙で敗北するまで、結党以来一貫して衆議院では第一党でありつづけ、政権を担う最右翼にいた。その自民党が衆参両院で過半数をとれなければ、どこかの政党と連合するか、連立せざるを得なくなる。それで自民党は公明党と組んで連立内閣をつくったわけだが、これは何も自民党に限らず、政党とは政権を取るために、議会で過半数にとどかなければ、どこか他の政党と連立することを宿命づけられていると言えよう。イギリス、フランス、ドイツ、イタリアをはじめヨーロッパ諸国を見れば、連立政権や連立の組み替えの事例は、それこそ無数にたくさんある。

つまり総括的に見ると、そもそも創価学会批判・公明党批判という行動そのものを、国会議員等の政治権力におもねって行う路線・戦術そのものが間違った路線・戦術だったということである。

ではなぜ法華講員や元創価学会員たちが、政治権力におもねって創価学会批判をしようとしたのかといえば、やはりこれは創価学会などの「日蓮正宗系」団体の政教一致体質の悪弊・弊害だと言えよう。そもそも創価学会批判とか、法華講批判、日蓮正宗系批判というものは、政治権力におもねって行うものではなく、政治や政治権力とは独立して行うべきものである。法華講員や元創価学会員たちの路線は明らかな間違いである。しかし間違った路線・戦術で1990年代の創価学会批判を頓挫させた法華講員や元創価学会員たちは、今日にいたるまで何の反省もなく、何の謝罪もないばかりか、依然として自分たちが創価学会批判の本家であるかのような仮面をかぶり続けている。まことに許されざる体質であると言えよう。

 

17公明党結成大会8


17公明党結成大会6


17公明党結成大会1
 

(「日蓮正宗系」政治・宗教混同・政教一致体質の根源・196411月の公明党結党大会)