□何の前触れもなく「Icat-Cult」管理人・英昭彦の前に出没した非常識な布教活動の創価学会員

 

近年、創価学会に関するマスコミの評論を読んでいると、時折、「今は、創価学会の布教活動は、昭和時代の『折伏大進撃』のころのような強引な布教活動はしていない」「創価学会の強引な布教は、もはや昔話だ」という主旨のものを見かける。しかしこういったものは、全く誤った見解である。

Icat-Cult」管理人・英昭彦の周辺で起きた、創価学会員の強引な布教事件の事例を挙げよう。

これは2011年ころ、英昭彦が実家に帰省していたときの話しである。----2016年、英昭彦は実家の近所に土地を購入して一軒家を新築し、実家は取り壊したので、今は実家はない----

英昭彦は、老いた父親の面倒を見なくてはならないし、旧盆を迎えるころには、いろいろやらなくてはならないこともあった。帰省中の某日夕方、夕食の弁当でも買いに出ようかと、実家の玄関の戸を開けたときに『事件』が起こった。ちょうどその時、玄関前の道路の反対側に、黒色のステーションワゴンの車が停まっていた。私が玄関から出てくると同時に、そのステーションワゴンの60代後半くらいのから70代くらいの男の運転手が、「やあ、こんにちは。私、中島(仮名)といいます。お父さんの友だちです」と言いながら、私に手を振っている。「中島(?)父親の友だち(?)そんな人、知らないなー」。私は実家の戸締まりをして、自家用車が停まっている車庫に向かって歩いて行ったのだが、このステーションワゴンの男は、一方的に私に話しかけてくる。「中島ですよ、中島(仮名)。お父さんの友だちですよ。お父さん、どうしたの?入院しとるんですか」。こんな感じで私の父親の友人を自称し、やたらと私の父親の個人情報を聞き出そうとする。この時点で、「こいつ、怪しい男だな」と直感。そこで私が一言。「私は、父親が友だち付き合いをしている人の名前は、全て把握しているが、その中に中島(仮名)という名前はない」。こう言って私が車庫に入ろうとすると、このステーションワゴンの男は、車庫の出入り口の前に、ステーションワゴンを横付けにして、出入り口を塞いでしまったのである。「何だこいつ、ケンカを売っているのか」と思いきや、すぐさま、この自称・中島(仮名)がステーションワゴンから降りてきて、「わしゃ中島(仮名)ですよ。建具屋をやっとるんですよ」と言う。建具屋の中島(仮名)(?)。ここでやっと、この男が2009年に『事件』を起こした創価学会員であることを思い出した。2009年の『事件』とは、こんな内容の『事件』である。

あの当時は、母親がまだ存命中で、父と母の二人が実家で暮らしていた。その時にこの中島(仮名)なる者が、私の母親を騙して、私の東京の住所を聞き出し、東京の自宅に訪ねて来たことがあった。なぜ中島(仮名)がこんなことをしたのかというと、2009年・東京都議会議員選挙の公明党候補者応援のため。つまり東京都議会議員選挙に立候補している公明党候補者に一票入れてくれと言いに、わざわざ北陸地方から東京に来たというわけである。このとき、私は外出中で不在。自宅ポストに中島(仮名)の名刺と手紙が入っていた。住所を見ると、私の実家の住所の近くになっている。「何だこれ?」と思って、中島(仮名)の連絡先に電話をすると、中島(仮名)本人が出てきて、臆面もなく、「東京都議会議員選挙では公明党候補者に一票入れてくれ」などと言っている。

カチンときた私は「オマエは創価学会の者かーっ。非常識なことをやってるんじゃねえぞーっ」と電話で一喝。すると中島(仮名)は、「すいませんでした。申し訳ない。もうそちらには行きません」と行って電話を切った。あのころはブログではなく、「mixi」でコミュや日記を書いていたころで、「mixi」日記にこの一件を書いたところ、マイミクさんから創価学会の非常識な選挙活動批判のコメントや、「Icat-Cult」管理人支持のコメントを多数いただいたということがあった。

 

 

 

 

□「Icat-Cult」管理人・英昭彦の一喝に驚いて退散して行った非常識な布教活動の創価学会員

 

「もう来ない」と言っていた中島(仮名)が、その後、実家のほうに来ていたことが、だいぶあとになって判明した。200912月に母親が死去し、父親が実家で一人暮らしをしていたのだが、一人暮らしの老人の弱みにつけこんで、中島(仮名)が、公明党候補者に一票入れてもらいたいが為に、衆議院選挙や参議院選挙投票日に、私の実家にやってきて、私の父親を中島(仮名)のステーションワゴンに乗せ、投票所へ「連れ出し」をしていたのである。歩行が弱い私の父親は、まるで介護タクシーが送迎に来ているかのように勘違いし、中島(仮名)の車に乗って、投票に行っていたことがわかった。私は父親に「中島(仮名)がやっているのは、創価学会の『連れ出し活動』と呼ばれているものだから、創価学会員の車に安易に乗って行かないよう」に言うと、父親も「わかった」と承諾。弱い立場の老人の弱みにつけこんだ、非常識な『連れ出し活動』をやっている中島(仮名)に抗議しようと、再び中島(仮名)に電話をかけたのだが、ナンバーディスプレイで私だとわかったのか、今度は電話に出てこない。その中島(仮名)が、私が実家にいるときに、私の目の前に出没したということだった。私が問い詰めると、「そうです。あの時に東京に行った者です」と認めた。

ここで頭に血が上った私は「オマエ、創価学会だろーっ。オマエらは、自分たちの都合だけで、自分たちの都合を他人に押しつけることばかりやっているが、それが、やられる相手にとって、迷惑行為だということが、わからんのかーっ」と、大声で怒鳴りつけた。私の実家の周囲は、実にシーンと静まりかえった、物静かな所で、近くの某ローカル線の某駅に列車が入った時、乗降客の話し声が聞こえるくらい、普段は静まりかえった所。実家の近くを国道の旧道が走っているが、バイパスができてからは交通量がガクンと減少。車の騒音もほとんど聞こえてこない。

そんな物静かな所で、私が中島(仮名)を大声で一喝。怒鳴りつけたので、私の大声があたり周辺に、こだましたくらい。これに驚いたのか、非常識な布教活動を繰り返す創価学会員・中島(仮名)は、「わかりました。もうここには来ません」と言い残し、そそくさとステーションワゴンに乗り込み、あっという間に走り去っていってしまった。私もこの時は、全身の血が逆流せんばかりになっので、

その日の夜は、気分直しに実家の近くのスナックへ。そこで、その日の夕方に勃発した非常識な創価学会員の事件を暴露して話したところ、スナックの若い女性が、創価学会員の振る舞いについて「こわーい」「こわいですねえ」との感想。私が20代、30代のころも「創価学会はこわい」という批判が多数あった。今も「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」や「Icat-Cult」で、日蓮正宗批判、創価学会批判、顕正会批判の記事を執筆中だが、「創価学会はこわい」というコメントが多数寄せられている。

19999月、深夜のテレビ番組「朝まで生テレビ」で、創価学会幹部、公明党議員が出演して「徹底討論! 公明党」と題する議論がたたかわされた時、パネリストから「創価学会はこわい」という批判が出た。なぜら「創価学会はこわい」と批判されるのか、当の創価学会員は何年たっても全くわかっていないようすである。

 

家3
 

(かつて存在していた英昭彦の実家)