□日蓮正宗系悪弊の脱出は日蓮マニア・漫荼羅マニアを極めることだと錯覚している元信者

 

日蓮正宗、創価学会、顕正会、正信会等の「日蓮正宗系」の信仰に染まっていた人は、極端な日蓮信仰、曼荼羅信仰に没頭、ないしは深くのめり込む傾向性が非常に強い。そもそも日蓮正宗、創価学会、顕正会、正信会等の「日蓮正宗系」団体では、信者に対して極端な日蓮(本仏)信仰、曼荼羅信仰を強く指導している。例えば、日蓮正宗(法華講)では、やれ30万登山だの50万登山だのと、無理な大石寺登山を信者に強要。それを達成するために、やれ毎日1時間唱題だの、2時間唱題だの、寺院で広布唱題会だのと、長時間の唱題に没頭することを指導する。

創価学会でも、やれ文化祭だの公明党の選挙応援だの支部総会だのと大きな行事がある度に、信者に対して2時間、3時間の長時間唱題を強要する。正信会では、日蓮正宗・創価学会と紛争を起こし、やれ裁判だの寺院明け渡しだのと事件が勃発していた時や檀徒大会等の大きな行事がある時は、これまた寺院で2時間、3時間の長時間唱題を強要していた。こういったことは、「日蓮正宗系」団体に共通する悪しき体質・悪弊として存在している。

かくして極端な日蓮(本仏)信仰、曼荼羅信仰が植え付けられてしまうと、たとえ日蓮正宗、創価学会、顕正会、正信会等の「日蓮正宗系」団体から離檀・脱会しても、「日蓮正宗系」カルト信仰に嵌り込んで、抜け出せなくなってしまっているようである。こういう「日蓮正宗系」カルト信仰にのめり込んで嵌っていた人は、「日蓮正宗系」団体から離檀・脱会しても、ますます極端な日蓮(本仏)信仰、曼荼羅信仰にのめり込もうとする。

「日蓮正宗系の悪弊からの脱出は日蓮を徹底的に極めることだ」「曼荼羅信仰を極めることだ」とばかりに、日蓮(本仏)信仰、曼荼羅信仰の深みに嵌り込む。日蓮遺文の写真集を集めたり、日蓮の曼荼羅の写真を集めたり、はては富士門流本山貫首の曼荼羅、大石寺法主の曼荼羅、日蓮宗本山貫首の曼荼羅等々のコレクションをはじめる。そしてさらには、東京・神田神保町や本郷界隈、横浜、横須賀界隈の古本屋で、日蓮正宗や創価学会が昭和の「折伏大進撃」の時代や宗創和合時代に出した本や写真集、さらに冨士門流本山や日蓮宗で出した書籍や写真集等を買いあさって、コレクションにしている。個人的な調査研究や趣味でコレクションをするのは、一向にかまわないだろうが、下記の日蓮正宗や創価学会の元信者のケースは、首をかしげてしまう。

かつて東京に住んでいて後に関西地方に住み、今は再び東京に戻ってきている某人は、日蓮マニアよろしく日蓮遺文の写真集や数十年前に出版された、今はホコリをかぶっている遺文全集だの遺文写真集を買いあさったり、富士門流執着軍団の同じコレクションをしている者から借りてきて、ブログに載せているのだが、よく見てみると、単に遺文の文を丸写しして、一言、二言のコメントを付け加えているだけ。これでご当人は「オレは日蓮を極めた」と思っているばかりでなく、日蓮を徹底的に極めることが、日蓮正宗系の悪弊からの脱出だと頭から信じ切ってしまっているようで、端で見ていても、思わず嘆息してしまう。

 

 

 

□日蓮正宗系悪弊を引きずったまま日蓮(本仏)信仰、曼荼羅信仰にのめり込んでも日蓮正宗系悪弊からの脱出とは言えない

 

この人物の盟友(?)である某人盃男も、あっちこっちの古本屋で、日蓮正宗、創価学会、日蓮宗、冨士門流等々の古本を買いあさり、こちらも日蓮を極めたかのような顔をしているだけ。それで他の人が、ブログやSNSで日蓮宗や冨士門流等のことを書くと、「あいつの資料はいいかげんだ」「オレのほうが、たくさんの資料を持っている」などと自慢する。この人物は、人前で自慢したいがために、古本屋で古本を買いあさっているとしか思えない。

もう一人の東京・一橋大学界隈在住の盟友も、東京都内や神奈川県の古本屋で、日蓮正宗や創価学会が宗創和合時代に出した本や写真集、冨士門流本山や日蓮宗で出した書籍や写真集等を買いあさって、コレクションにしている。この人物は若い頃から読書が趣味だった様子で、買いあさった古本に目を通し、読んでいるようで、これら買いあさった古本の資料を編纂した私家本を発刊。関係者に売りつけるなどして、自分の収入に結びつける「したたかさ」を見せている。

さらに古本情報からさまざまな情報を横流しするなどして、日蓮正宗、創価学会の二重スパイと言われるほどの悪知恵もある。これらは、百歩譲って自分の趣味やコレクションで行うのは、一向に構わないと思うが、これが日蓮正宗系の悪弊からの脱出のキーポイントかどうかとは、全く別次元の話しである。こう言うと「じゃあ、オレたちは何のために古本を買い集めたのだ」と言うであろうから、この際に、今まで古本屋で買い集めた書籍や写真集等を一箇所に格蔵して「富士門流執着軍団記念図書館」でもオープンしたらどうだろうか。そのほうがよほど有意義であろう。

さて関西地方に住む某僧・日神も、創価学会から日蓮正宗(法華講)を遍歴した後、富士門流系の僧になり、漫荼羅書写にのめり込んで、何と三千体もの曼荼羅書写を達成したと自称。しかし三千体もの曼荼羅書写を達成しても、子どものころから創価学会員だったせいか、創価学会や日蓮正宗の悪弊から抜け出せず「○○をわかろうとすれば、曼荼羅三千体書写行を達成しなければわからない」などと言っているが、これも自分の趣味かコレクションの自己満足の話し。仏教のある部分を理解しようとするために、曼荼羅三千体書写行をやろうとした人など聞いたことがない。

日蓮正宗、創価学会、顕正会、正信会等の「日蓮正宗系」団体から離檀・脱会した後、日蓮信仰を見つめ直したい、日興門流を見つめ直したい、ということであれば、一旦は日蓮の教え、日蓮信仰、日興門流から離れないと、むずかしいのではないだろうか。もちろん、「日蓮正宗系」団体から離檀・脱会した後、日蓮宗や法華宗等々に移られて、真面目に信仰に励まれていらっしゃる方も多々おられるのは事実で、そういう方々が行っておられる日蓮正宗系の悪弊から脱出しようとする努力を否定するものでは全くない。私が言っているのは、「日蓮正宗系」団体から離檀・脱会した後、日蓮正宗系の悪弊を引きずったまま、「日蓮正宗系」と同じ日蓮(本仏)信仰、曼荼羅信仰にのめり込んでも、それは日蓮正宗系の悪弊からの脱出とは言えないと言っているのである。

これは日蓮正宗系の悪弊を引きづり続ける富士門流執着軍団の人たちの姿、体質を見れば一目瞭然ではないだろうか。

2012日神曼荼羅2


吉野本尊5
 

 

(曼荼羅マニア・日神が書写した曼荼羅)

 

大木自宅2
 

(かつて日蓮正宗系の悪弊を引きづり続ける富士門流執着軍団が出入りしていた?某人宅)