□「日蓮正宗も創価学会も同じカルト宗教」「もう日蓮も宗教はこりごり」と言って無宗教になった人

 

創価学会、顕正会、法華講等の「日蓮正宗系」団体の折伏・布教活動が嫌で離檀・脱会する人がいる一方で、「日蓮正宗系」団体の折伏・布教活動に熱心に取り組んできた人が、折伏・布教活動の指導性や信者の折伏・布教活動の振る舞いに嫌気が差して、離檀・脱会する人も続出している。創価学会でも顕正会でも法華講でも、折伏は相手が完全に納得してから成果にするだの、支部総会や座談会に何度も出た人に本尊下付するだの、社会で実証を示して信頼される人になることが先決だの、195070年代の創価学会の「折伏大進撃」は、信徒数増加だけを追い求めた折伏だから、折伏の数よりも信徒育成の内容が大事だのと、表向きはきれい事ばかりを並べている。

創価学会も日蓮正宗・法華講も顕正会も、これらの『きれい事』は、世間からの批判をかわすための『仮面』にすぎない。ところが、人柄が真面目な信徒は、これら表向きの『きれい事』の指導・『仮面』指導を真正面から受け止め、真面目に取り組もうとする。まずは仕事を一生懸命取り組んで、実証を示そうとか、あるいは折伏に真面目に取り組んで、新たに「日蓮正宗系」団体に入信した人を、一生懸命に面倒を見ようと取り組む。そして自分自身が模範的な信徒になろうと努力しつづけて、そのうちに『自分の一生は大石寺に捧げてもいい』とか『池田大作に捧げてもいい』とか、そこまで考えて信仰活動に取り組むようになる。つまり自分で信仰活動の『理想像』を描いているわけだが、ところが現実の信仰活動の姿は全くちがう。創価学会でも日蓮正宗・法華講でも顕正会でも、組織活動の中を要領よく泳ぎ回るのがうまい信徒は、実に要領よく泳ぎ回る。こうした組織活動の中を要領よく泳ぎ回るのがうまい信徒は、両親が創価学会幹部ないしは法華講役員で、生まれたときから創価学会員ないしは法華講員として育った人が大半。折伏でも、さも大活躍しているようなふりをして、折伏した相手が入信していないのに「入信決意をした」と言って、布教実績の中に入れてしまい、組織の中の役職がどんどんエスカレーター式に上がって行く。

選挙戦になれば、要領のいい創価学会員はデタラメな水増しのF数を幹部に報告。そして幹部の覚えがめでたくなり、上の幹部へどんどん出世していく。どれだけデタラメなことをやるのかというと、F取り数を10倍、20倍に膨張させて報告したり、あるいは職場の労働組合事務所に挨拶に行って、組合員数百人分のFを取りましただのとデタラメ報告をする。あの当時、社会党支持とか民社党支持で固定化されていた労働組合の事務所に挨拶に行っただけで、そこの組合員全員が公明党に投票するわけがない。こんな露骨なデタラメ活動を平気でやっている要領のいい創価学会員。こういう姿に、真面目に折伏やF取り活動を行っている創価学会員が嫌気がさしてしまう。

あるいは聖教新聞を2部以上、あるいは10部以上も定期購読している創価学会幹部がいる。これは創価学会上部組織から、聖教新聞セールス目標に追い立てられ、実際には購読していない人を、購読しているかのように水増しして報告。その水増し分を自分で購読しているというわけである。こんなデタラメ活動が長続きするわけがない。

 

 

 

 

□折伏強要による「偽りの信仰生活」が破綻して日蓮正宗、創価学会、顕正会をやめる人たち

 

あるいは創価学会上部組織から「折伏目標」を追い立てられ、「だまし討ち折伏」で、未入信者を会館の座談会に連れてくる。ところが未入信者のほうは、あくまで入信拒否して帰ってしまう。ところがこの未入信者を連れてきた創価学会員は、上の幹部から「あの時の○○さんは、どうなったの」と、連日、モーレツな督促が来る。こうなると、未入信者を連れてきた創価学会員のほうも「ダメでした」とは言えなくなる。こうして創価学会幹部の督促に絶えられなくなり、「あとでよく話しをしたら、入信を決意して聖教新聞を購読してくれるようになりました」などとデタラメ報告。実際は入信決意書や聖教新聞購読申し込み書のサインを偽造し、未入信者が購読すると称していた聖教新聞を、創価学会員本人が自分で買っていただけであった。

こんな「偽りの信仰生活」は、12年くらいだったら、なんとか持続するかもしれないが、10年、20年はつづかない。そしてもう限界だとばかりに創価学会を脱会。創価学会を脱会しても、日蓮正宗の信仰は棄てきれずに法華講に入る。こういう人は、法華講に奇妙な期待をして入る。

「創価学会では○○だったが、法華講はそうではない」とか「創価学会では△△をやっていたが、法華講はやっていない」とか、「日蓮正宗宗門や法華講は創価学会や顕正会とは違うんだ」(?)と思うような、過剰な期待を平気で口にする。あるいは折伏に関しては、創価学会では「創価学会だけが折伏をやってきて、日蓮正宗宗門僧侶や法華講は何もしてこなかった」等と蔑視していたため、「法華講に入ったら折伏はやらなくてもいい」と思って法華講に入る人もいた。ところが法華講に入っても、日蓮正宗寺院、僧侶、信徒幹部は信徒を折伏に駆り立てようとする。やれ折伏目標がどうだとか、やれ80万法華講員がどうだとか、毎日のようにノルマを信徒に押しつけようとする。これによって信徒がなりふりかまわぬ折伏をはじめる。創価学会が行っていた「だまし討ち折伏」は、当たり前。法華講員の元カノが、未入信者の元カレに電話をして、日蓮正宗寺院に来れば復縁もあり得るような話しをして、日蓮正宗寺院に誘いこみ、「色仕掛け折伏」で、未入信者の元カレは日蓮正宗に入信したが、後はそれっきりポイ状態。「色仕掛け折伏」で日蓮正宗寺院へ誘いこみ、「日蓮正宗に入信すれば結婚してあげる」の甘い言葉に騙されて日蓮正宗に入信した人もいる。これでは「結婚詐欺折伏」である。

法華講支部指導教師である日蓮正宗寺院住職は、どんな手段を使ってでも寺院に未入信者を連れてこいと、「だまし討ち折伏」「色仕掛け折伏」「結婚詐欺折伏」を煽り立てる。そして詐欺でも何でもやって日蓮正宗に入信させた信徒を、法華講支部幹部に重用していく。これを見た他の信徒も、これに追随して、「だまし討ち折伏」「色仕掛け折伏」「結婚詐欺折伏」をやろうとはじめる。これでもうこんな寺院に付いていけない、こんな日蓮正宗に付いていけない、宗門も創価学会もみんな同じだとなった。これでもまだ「悪いのは住職だ」と、日蓮正宗の信仰にしがみついているが、次第に根源は大石寺であり、大石寺のほうが本家本元だと気づく。そして「もう日蓮はこりごり」「宗教はこりごり」と言って、日蓮正宗を離檀、曼荼羅本尊を焼き捨てた。あるいはこんな信徒もいた。

2002年の立宗750年の30万登山で、当初は1年に1人が登山1回のみカウントするとしていたのを、途中から1人が何度登山してもカウントすると変更。強引に30万登山達成宣言をしたことに不審をもった。「なぜ今回は達成できなかったが、次回はがんばろうと言えないのか。日蓮正宗も創価学会も同じカルト宗教だ」と言って、この人も日蓮正宗を離檀。「もう日蓮はこりごり」「宗教はこりごり」と言って、無宗教になった。

 

大石寺・奉安堂落慶慶讃文1


奉安堂竣工式1


大石寺・立宗七百五十年法要1
 

(「偽りの30万登山会」だった2002年立宗七百五十年慶讃法要・奉安殿落慶法要・「大日蓮」より)