□他宗や未入信者を「謗法の連中」「身延派」「念仏宗」等と下す洗脳をしている日蓮正宗系団体

 

これは「日蓮正宗系信者だけが仏教を修学していると錯覚・うぬぼれている」という悪弊・弊害とよく似た、関連性がある悪弊・弊害である。これは、日蓮正宗・創価学会・顕正会・正信会といった「日蓮正宗系」カルト宗教団体が、常日頃からこのように信者を徹底的に洗脳教育していることに原因がある。だから「日蓮正宗系」カルト宗教団体が、信者を「日蓮正宗系信者は世間一般の人よりも偉いと錯覚・うぬぼれ」させていると言っても過言ではない。「日蓮正宗系」カルト教団では、世間一般の「日蓮正宗系」宗教団体に入信していない人のことを「世間の謗法の者」とか「謗法の連中」と呼ぶ。「謗法」とは仏教用語で、辞書によれば

「仏法をそしり真理をないがしろにすること」(国語辞典大辞泉)

「謗法(ほうぼう、ぼうほう)は、誹謗正法(ひぼうしょうぼう)の略で、日本の仏教、あるいは一部の宗派間で使われる用語である。“誹謗正法”とは、仏教の正しい教え(正法)を軽んじる言動や物品の所持等の行為」(フリー百科事典・Wikipedia)

「仏法をそしること。五逆罪にまさる罪という」(日本国語大辞典)

と載っている。世間一般の人は、「日蓮正宗系」に入信していないだけで「誹謗正法」のレッテルを貼り付けられ、「世間の謗法の者」とか「謗法の連中」として徹底的に下そうとする。あるいは他宗派の日蓮宗のことを「身延派」と呼び、浄土宗や浄土真宗のことを「念仏宗」と呼ぶ。

日本の仏教宗派の中には「身延派」「念仏宗」という名前の宗派は存在しない。なぜ身延山久遠寺を総本山とする日蓮宗を「身延派」という派号で呼ぶのかというと、日興の身延離山の時に日興に随わなかったという理由で、あたかも今の日蓮宗のほうが大石寺から派生したかのように呼ぶわけである。なぜ浄土宗や浄土真宗のことを「念仏宗」と呼ぶのかというと、日蓮の四箇の格言の「念仏無間地獄」の宗旨だから「念仏宗」と、あだ名を付けて下して呼ぶわけである。あだ名やニックネームは、親しみを込めて付ける場合もあるだろうが、「身延派」や「念仏宗」というあだ名は、親しみを込めているのではなく、明らかに蔑視して下している「あだ名」である。

あるいは日蓮正宗の内紛・抗争で「破門」になった団体を「浅井一味」とか「正信会の徒輩」とか、あたかも犯罪集団か、ごろつき集団であるかのような呼び方をする。本心では「戒壇の大本尊」「二箇相承」偽作説を支持していた大石寺59世堀日亨ですら、日興の身延離山後の日向一門のことを「これ(日向)に与党する醜類」(富士日興上人詳伝p202・富士日興上人詳伝上p267)

これ(日向)に与党する醜類1


これ(日向)に与党する醜類2


富士日興上人詳伝
 

と呼んでいる。堀日亨ですらこれであるから、他は推して知るべしである。大石寺67世阿部日顕や日蓮正宗僧侶は、大石寺教学を批判する意見のことを「下衆の勘ぐり」「猿知恵」などと呼んで下そうとする。「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会・アンチ顕正会(略名・アンチ日蓮正宗)管理人もかつて日蓮正宗僧侶から「下衆の勘ぐり」「猿知恵」等と呼ばれたことがあった。日蓮正宗系の信者たちは、こんな世界の中で大石寺、寺院、会館といった施設の中で洗脳され続けている。

 

 

□自宗信者を他宗や世間一般より「すぐれた人だ」と錯覚させる洗脳をしている「日蓮正宗系」団体

 

かつて日蓮正宗の信者だった美濃周人氏は著書の中でこう書いている。

「宗教プロが専門用語を知っているのはあたり前ではないか。彼ら(日蓮正宗)はそれで巨億の富を稼いでいる。しかしだからといって、それを知らない人を『下』に置くのはどうか。たとえばこの私(美濃周人氏)は、英語や教育について、かなりの知識をもっている。が、その知識があるからといって、相手を下には見ない。あるいはたとえ相手がまちがった英語を話したとしても、『下衆だ』とか『猿知恵だ』とかは言わない。また言ってはならない。これはいわば宗教的錯覚ともいえる。宗教的な知識をもつと、もっていない人を『下』に見てしまう。たとえば日蓮正宗では、その信仰の外にいる人を『縁なき衆生』と呼び、はっきり区別している。ただ『縁がない』というのではない。『とるに足りない、哀れな連中』という意味が、そこにこめられる。そして後は一方的な優越感をもつ。堀日亨や阿部日顕の言葉には、そういう優越感が、あちこちに感じられる。

このことは信者にもいえる。これは何も日蓮正宗の信者に限らないことかもしれないが、日蓮正宗や創価学会の信者は、ひとたび入信すると、『自分はすぐれた人間だ』と錯覚してしまう。そういう気持ちをさして、ある信者は『雲の上に出たような気分になった』と話してくれた。しかし錯覚は錯覚。日蓮正宗の住職も信者に『あなたは大海で片目の亀が、浮き木にとまるほど、稀な幸運に恵まれた人だ』などと言って、信者をおだてる。そう言われれば悪い気はしない。宝くじで一等を当てたような気分になる。しかしそういう錯覚の中で、信者は一方的に、教祖の言いなりになってしまう。日顕法主や池田大作氏がまちがったことを言うはずがないと、すべてそれに従ってしまう。後はこの悪循環の中で、ますます錯覚してしまう。『自分は他の人たちとは境涯が違うのだ』と。」

(美濃周人氏の著書『虚構の大教団』p8485)

『自分は他の人たちとは境涯が違うのだ』


「虚構の大教団」1
 

この美濃周人氏の指摘は、まことに鋭いところをついていると言えよう。いくら日蓮正宗・創価学会・顕正会・正信会といった「日蓮正宗系」カルト宗教団体の信者が日蓮正宗や創価学会等の日蓮正宗系団体から『あなたは大海で片目の亀が、浮き木にとまるほど、稀な幸運に恵まれた人だ』などとおだてられ、『自分はすぐれた人間だ』と思ったとしても、そんなものはあくまでも錯覚でしかない。こんなおだてに乗せられて、本気で『自分はすぐれた人間だ』と思っているとしたら、単なる思い上がりであり、うぬぼれでしかない。こんな日蓮正宗や創価学会、顕正会、正信会等の「日蓮正宗系」カルト団体の「非常識な世界」に長くいればいるほど、体の中が、「日蓮正宗系」カルトの思い上がり、うぬぼれに染まりきってしまう。中でもひどいのは、子どもの頃から、生まれたときからずっと「日蓮正宗系」カルト団体の「非常識な世界」にいる人。日蓮正宗系団体から離檀・脱会しても、この悪弊・弊害から抜けきれない人も多々見られる。子どもの頃から、生まれたときからずっと日蓮正宗系団体の「非常識な世界」にいたら、この悪弊・弊害から抜けきるのは容易なことではないかもしれない。しかし、ここを冷静に見つめ直すことが、「日蓮正宗系」カルト団体からの悪弊・弊害から脱出する第一歩になることであろう。

戒壇大本尊1大正4年由井本1


戒壇大本尊2大正4年由井本2

戒壇大本尊3
 

(「日蓮正宗系」カルト宗教団体の信者を洗脳する道具・大石寺「戒壇の大本尊」)